読者のさかまさんからご意見をいただいたので返答したいと思います。
さかまさんからコメントをいただいた記事:
レズビアンの日本人女性が出演の『ウーマン・オン・ザ・プラネット』
さかまさんからのメッセージ: こういう「アメリカ、海外は○○だからそれと比べれば日本は同性愛に寛容」論って、あんまり発信しない方がいいと思うんです。
失礼な発言をした人や差別主義者が「殴るんじゃなくてネタにしてやってるんだからマシだろ」「殺さないでやってるんだから権利を主張しようとか考えるな」と主張するためにばかり使われていて、
「日本は海外より寛容なんだから、積極的に差別や不平等を解消していこう」につながるケースは1度も見たことがありません。
僕からのメッセージ:さかまさん、こんにちは。ご意見どうもありがとうございます。
先日の記事では詳しく書かなかったので改めて僕の意見を述べさせていただきます。
僕は先日の記事でこう述べました。
『日本はあまり同性愛に関してオープンではないですが、アメリカや他の国のように宗教上の理由で同性愛を嫌うという人はほとんどいないので、そういう点では日本は同性愛に対して寛容な国だと言えると思います。』
文字通り、僕は宗教の観点から日本は同性愛に対して寛容だという意見を述べました。
僕は宗教を否定するつもりは全くないですし、信教の自由は尊重されるべきものだと思っています。
海外はああだから日本はこうだ…とかひとくくりで発言したつもりもありません。
宗教はときに人々の心の支えとなる素晴らしいものになることもあれば、時には他者を否定し傷つける根元ともなることもあります。
ご存知の通り、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教などは基本的に同性愛を否定し原則禁止しています。
日本をはじめとする仏教国では基本的に同性愛を容認しています。
イスラム圏では同性愛者は犯罪と見なされ、死刑、終身刑、懲役を科す国がたくさんあります。
アメリカやヨーロッパの国々や州地域では同性婚や同性愛の権利を守るための活動が実を結び、同性愛を認める方向に進んでいますが、厳格なキリスト教やユダヤ教信者を中心に反対活動も行われており、日々論争が続いています。
そんな中、同性愛者を狙った殺人、傷害事件、いじめも頻繁に起こって社会問題になっています。
たくさんの活動家や人々の努力によって議論や意見交換が行われ、人間の権利や社会の現状を見直すことにより元々同性愛否定派の信仰者の方たちの中でも同性愛を認める考えに改めた人々や宗派も徐々に増えてきています。
しかし、ただ単に生理的に同性愛を受け入れることができないということではなく、宗教の信仰の理由で同性愛を否定し排除せざるをえないということになってしまうと議論し歩み寄ることすら難しくなってしまいます。
同性愛を認めるのか否定するのかどちらが正しいかどうかはその人それぞれに委ねられることですが、お互いの主張に耳を傾け、たくさん話し合うことによって変わることもたくさんあると思います。
僕は今まで同性愛に対して失礼な発言をした人や差別主義者が「殴るんじゃなくてネタにしてやってるんだからマシだろ」「殺さないでやってるんだから権利を主張しようとか考えるな」などというような人や場面に出くわしたことがないので、こういう意見や考え方をする人もいるんだなと正直驚きました。
日本はそのような発言をする人やそのような意見や考え方を持った人が支持賞賛されるような国でしょうか? 僕はそう思いません。
島国ながら多様な文化や考え方を受け入れてきた日本は、様々な宗教も否定することなく、良くも悪くも多くのものを取り入れたバランス感覚に優れた国だと思います。これは歴史によって培われた世界に誇れる強みだと思います。
しかし相手の意見や立場を尊重するあまりに謙虚になり過ぎてしまい、自分の意見をあまり主張しなくなってしまうことも多いです。それは美徳と捉えることもできますが、弱さでもあります。
平和で多くを受け入れるということに慣れてしまった日本は、何か問題があったり問題が起こっても、見て見ぬふりをしてしまったり目をつぶってしまったり、人任せだったり、他人のせいにしてしまったり、さらには無関心になってしまっている人が多くいるように思います。
せっかくもっともっと自由で多様性のある豊かな国になれる土台ができているというのに、もっとよくしよう行動する人が少なすぎるんです。それはとてももったいないことだと思います。
今の日本に不満を持っている人はたくさんいると思いますが、国や政治のせいにしている人が多くないですか? もちろんそのせいもあると思いますが、その国に住んでいる自分たちにもできることがまだまだたくさんあります。
同性愛に関する日本の現状にも同じことが言えます。ほんのごく一部の人だけが同性愛の人たちがもっと住みやすい国になるようにと熱心に活動しているだけで、ほとんどの人が何もせずにいます。心の中でどうにかしたいなと思っていても、何も行動に移さなければ、無関心とみなされたり、問題ではないと他人に思われても仕方ありません。
今の日本に必要なのは一人一人の行動力と勇気だと思います。
他人の意見や価値観をを尊重することができる人が多い日本では、一人一人の努力次第でもっともっと平和な国になってみんなが幸せになれるということもみなさんに伝えたいです。
このまま何もしないままじゃ発展のない国になってしまい、いつのまにか他国に置いて行かれてしまいます。
僕も日本について不満に思っていることはたくさんありますし、好きなところもあれば嫌いなところもたくさんあります。もっともっと国をよくするためにやるべきこと、できることがとたくさんあるなと感じています。
様々な問題に対して個人個人が興味と意見を持ち、自分に直接的に関係のない問題だとしても問題解決に向けて積極的に行動に移し、みんなが幸せに暮らせる社会を常に目指し続けるような生命力溢れる国になってほしいなと僕は思っています。
貴重なご意見どうもありがとうございました。さかまさんと意見交換ができて嬉しく思います。
またご意見等ございましたらお寄せいただければと思います。
これはあくまで僕の持論ですので、もしかしたらみなさんと意見がズレているかもしれません。
みなさんの意見も是非聞ければと思うので気軽にコメントいただけると嬉しいです。
他にも相談事や質問や意見、メッセージがある方は誰でも気軽に是非コメントに書き込んで下さい。相談事や質問、ご意見に関してはメールでは返事できないので、ブログに掲載可能な内容でお願いします。今回のようにブログの記事で僕が返答したいと思います。みなさんとたくさん交流や意見交換をしたり、悩みや疑問を解決する手助けができればと思っています。どうぞよろしくお願いします。
『僕の彼氏はどこにいる』という本を検索している時に、マサトさんのブログに出会いました。ゲイの方の心情がよく分かる内容で、一通り読ませて頂きましたよ。
それにしてもマサトさんは、文章が上手ですね。会社で、部下の報告書に悩まされる事の多い私としては、部下にマサトさんのブログを読ませてやりたいです(笑)。
で!なぜマサトさんのブログを見ているかと言うと、アメリカ人のゲイ友達ができたからです。とは言ってもネット上でのやり取りだけなので、実際のところ相手が、本当に『友達』と思ってくれているのかは不明なんですけど、その友達が来年、来日する予定なので、その友達が喜ぶようなことを見つけておこうと思い、マサトさんだけでなく、他のゲイの方のブログも見ています。
さて、今回の記事について、私なりに感じたことを書かせて頂きますね。
マサトさんの「日本人の同性愛者への反応は、外国と比較すると寛容である。」という考えには、概ね同意します。宗教と道徳・社会規範が、別々に存在する日本人の特性であると私も思います。
ただ「日本人が同性愛者に対して寛容である。」とは思いません。『寛容』ではなく『無関心』なのだと思います。諺の『対岸の火事(テレビに出てくるオネエタレントは受け入れられるけど、家族に同性愛者がいるなんてとんでもない!)』というのが、日本人の同性愛に対しての心情を、一番的確に表しているのではないでしょうか。
もちろん、だから仕方がないと言っているわけではありませんよ。ただ、どうすればいいのかが、私にも分からないのです。「声を上げよう」と言ってしまうのは簡単ですが、同性愛者であることを告白するのは、大きな覚悟が必要ですよね?それこそ自分の築いてきた社会環境を捨てるぐらいの覚悟がいるかもしれません。それを他者が強いる事はできませんから、やはり本人自身の覚悟で動きはじめてもらうしかありません。
ただ一つ私が約束できる事があります。勤務先(私は管理職です)で同性愛者の職員がいたとして、もしカミングアウトしてくれた時は、「そうか。これからも仕事がんばれ!」と伝えて支えていく事です。性的嗜好は犯罪(レイプ・小児性愛者)でない限り、仕事には関係ありません。
長文失礼しました。アレックスさんとの幸せな話を期待しています。