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みなさん、更新が久々になってしまってすみません。ちょっと忙しかったので。みなさんは最近いかがですか?
これからもっと更新していきたいと思うので、よろしくお願いします。
では早速本題に。
読者のゆーたさんから質問があったので僕の意見を述べたいと思います。みなさんの意見も聞きたいそうなので、是非コメントしてあげて下さいね。
ゆーたさんからのメッセージ:
タイトル:君が代について
マサトさんこんにちわ
オリンピックや領土問題以外で、前から気になっていたことがあるので質問してもいいでしょうか?
まずはじめに聞きたいのですが、マサトさんは君が代を歌えますか?
部分的にとかじゃなくて、最初から最後までちゃんと歌えますか?
歌詞はきちんと覚えていますか?
みなさんはどうでしょうか?
次に、学校で君が代は習いましたか?
そして他の曲(校歌とか卒業式で歌う曲)のように練習してちゃんと歌いましたか?
最後に、君が代の歌詞はどういう意味だと考えていますか?
みなさんの意見もきいてみたいです。
いきなりたくさん質問をしてすみません。
実は今朝、先生が、オリンピックと、戦争のはなしと、アジアの国々と仲良くしなければいけないはなしと、君が代についてはなしがありました。
前にも同じようなはなしはあったけど、最近の出来事としてまた取り上げたんでしょう。
僕の学校では君が代は歌いません。
曲は流れますが、ほとんどみんな歌ってないと思います。
先生も歌ってません。
だから僕は君が代をちゃんと歌えないと思います。
全然歌えないとか、知らないわけじゃないけど、最初の方しかでてきません。
授業で少し習ったけど、これは天皇崇拝の歌だから、歌う義務はないし、本当は新しい国歌を作るべきだと教わりました。歌わない自主性が大事だと言ってた気がします。
だからサッカーやオリンピックの選手が、胸に手をあてて歌っているのを見ると、すごく変な感じがします。
有名な歌手が歌っているのも、え?なんで?って思います。
マサトさんはどう思いますか?
みなさんの意見も、できればいろんな年代の意見がきいてみたいです。
よろしくお願いします!
僕からのメッセージ:
ゆーたさん、こんにちは。返事が遅くなってしまってすみません。
君が代についてですが、今韓国関連で君が代がニュースになっているのでちょうどタイムリーな話題ですね。
僕は君が代は歌えます。もちろん最初から最後まで。短い歌ですしね。
一応歌詞を載せときますね。
君が代は千代に八千代にさざれ石の巌(いわお)となりて苔(こけ)のむすまで
意味は小学生のときとかに学校で教えてもらったと思うのですが、よく覚えてないので、また改めて調べてみました。
君が代に…我が君(天皇)の治世の代
千代に八千代に…1000代も8000代も
さざれ石も巌となりて…川に流れた小さな石が集積し岩のようになって
苔のむすまで…苔が生える頃まで
つまり、天皇の世が千年も八千年も、小石が大きな岩になってそれに
苔が生えるほどまで、長く長くずっと続きますようにという意味みたいですね。
間違っていたりしたら指摘してくださいね。
天皇崇拝とも言えるかもしれませんが、解釈次第では、国の象徴である天皇が永遠に続く、つまり、日本が滅びることなく栄え続けると捉えることができると思います。
僕は別に君が代じゃないといけないとは思わないので、もっと相応しい国歌が作れるのならば、作ったらいいと思います。
スポーツ選手によっては、歌っている人や、歌ってない人やほとんど声を出していない人もいますよね。どのような考えで、歌ったり、歌わなかったりしているのかわかりませんが。
でもよく考えてみると、僕が大人になってからは、君が代はテレビで流れているのを聴くくらいで、実際歌う機会はないなぁと思いました。
いろいろな考えの人がいると思うので、先生の中には、天皇崇拝の歌だから、歌わなくてもいいとか言う人もいるかもしれません。でももしかしたらゆーたんさんの先生と隣のクラスの先生の考え方は全く真逆ということもありえると思います。
ただ子供たちに、歌うなと言うよりかは、新しい国歌を作るべきだと、署名活動をするなり何なりして、もっと積極的に国に訴えてほしいと思います。ただ伴奏が流れているときに歌わないだけではいつまでたっても何も変わらないと思います。国の方針か何で曲は流さないといけないとかいろいろ事情があるんでしょうが、曲は流すけど歌わないという先生たちの小さな抵抗はなんか反抗期の子供みたいです。
僕が学生のころも、思春期のせいもあってか、君が代に限らず、どの曲でも、大きな声を出して歌う人はほとんどいませんでした。恥ずかしいと思ってしまうんですよね。口パクをしている人もたくさんいたと思います。君が代は曲調からして大声で歌うような歌ではないですね。
君が代の歌詞はすごく短いので、覚えようと思えば簡単に覚えれると思います。自分でいろいろなところで意味を調べてみて、自分で解釈して、歌ってもいいと思うのなら、歌ったらいいのではないでしょうか。データや文献によっては偏った意見もあったりすると思うので、自分で判断して下さい。
君が代についてどう考えているかみなさんの意見も是非聞かせてください。
他にも相談事や質問がある方は誰でも気軽に是非コメントに書き込んで下さい。今回のようにブログの記事で僕が返答したいと思います。少しでもみなさんの悩みや疑問を解決する手助けができればと思っています。どうぞよろしくお願いします。
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難しい質問への冷静な回答には感心させられることもしばしばで、今回も色々と感じるものがありました。特に今の情勢下ではとても重要な話題ですよね。
ゆーたさんが色んな年代の意見が聞きたいとのことでしたので、30代なりたての私も思ったことを少し書かせていただこうと思います。
私も君が代は歌えるし、歌詞も覚えています。
けれど、歌えるようになったり歌詞を知ったのは大人になってからのことです。
小・中学校で君が代を教わった記憶はなく、式典で歌った記憶もありません。
当時はなんの疑問も感じませんでしたが、どうして国歌である君が代を教えることすらしてくれなかったのか、今となっては悔しく思います。
君が代を 歌う・歌わない という選択は、マサトさんが書かれた通り個人がするものと私も考えています。
ですが私の学校はその選択のチャンスすら与えてくれませんでした。国歌を知らなかったら歌えない=歌わない選択しか残されてませんから。
≪これは天皇崇拝の歌だから、歌う義務はないし、本当は新しい国歌を作るべきだと教わりました。歌わない自主性が大事だと言ってた気がします≫
ゆーたさんがこう書いていましたが、おそらく学校の先生の発言ですよね。しかし、これが本当に教育現場で出た言葉なら残念なことです。
この先生は“自主性”という言葉が持つ意味を理解してないのでしょう。
君が代の歌詞の解釈は様々です。
天皇崇拝の歌という解釈が絶対正しいわけではありません。
古今和歌集(この中に君が代の短歌が入っています)が詠まれたのは平安時代、
しかも作者不詳である以上、本当の解釈なんて現代の人間にできるわけがないのです。
これは読んだ人それぞれがどう考えるか、というだけの話。同時に、天皇をどうとらえているか、という話でもあります。
なので、解釈方法や思想によって君が代に好感を持つ人もいれば、敬遠する人もいるのは当たり前なんですよね。
ですが、ゆーたさんの先生は自分の解釈を断定し、陛下や君が代を否定し、“歌わない=正しい”という一方的な考えを押し付けているように感じます。だから君が代について、ゆーたさん達にきちんと教えてないのではないでしょうか。
その教え方では自主性はおそらく育ちません。
大事なのは、歌わない自主性ではなく、歌うか歌わないか選択する自主性です。
自主性とはまず自分で考えることから始まります。他者の指示や力に左右されず、自分の意志で行動する、それが本当の自主性です。
先生や学校は、まず生徒達に色々な角度から考えさせることから始めてほしいと思います。そして子供達には、竹島や尖閣問題が大きくなってる今、日本という国について、国歌について、よく知って考えてみてほしいです。
ちなみに、先生方は公務員ですから、斉唱を義務付けられているなら歌うのは義務であり、選択権はないです。義務ではなく職務命令だとしても、公務員である以上、命令は遂行されるべきです。そうでなくては困ります。
また、国際試合に参加するアスリートも日本代表という肩書きがあるわけですから、国歌斉唱は当然の行動であると思います。そこに疑問を持たれるゆーたさんに逆に驚いてしまいました。
最後に。
私は君が代が好きです。
願わくば、学生時代から歌いたかったなと思います。